Sun 2 Muh 1436 - 26 October 2014
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知らなかったとはいえ、アッラー以外のだれかに犠牲を捧げたものに対して、 その行いに報償を与えることは認められるのか。
聞いたところによると、自分の父親がアッラーの外の誰かに犠牲を捧げたそうである。かれは父親のために慈善を施し、父親のためにハッジを行いたいと思っている。そして彼は、父親の罪がかれの周りに忠告してくれる学者や先生がいなかったせいであるとみなしている。これについての決まりはありますか。


アッラーに讃えあれ。 彼の父親が善良で正しいムスリムであったことが知られているのならば、性格の良くない人が逆のことを行っても、それを信じる必要はない。父親がシルクのまま亡くなったことが確実にわかっていない限りは、父親のためにドゥアを捧げ、彼のために慈善を行うことはスンナである。父親がアッラーの外で、墓前など、誰かに犠牲を捧げているとか、アッラーの外の誰かに祈願しているのを、複数の健全な人が証言している場合は、父親のためにドゥアを捧げるのを控え、父親のことはアッラーに任せなければならない。預言者(彼に平安とアッラーの御加護を)が母親を赦すように祈ることを、アッラーに許しを請うたとき、母親がクッファールの宗教の信者として、ジャヒリーヤの時代に亡くなったにもかかわらず、アッラーは認めなかった。その後、彼が母親の墓参の許可を求めると、主は許された。このことから、シルクで死んだ者は誰であれ、それが無知のためであっても、彼のためにドゥアを捧げたり、彼の赦しのために祈ったり、彼のために慈善をしたり、彼のためにハッジを行うことはできなくなった。アッラーの呼びかけが届かない場所でなくなった者は、アッラーに委ねられる。 学者の正しい見解によると、彼らは最後の審判の日に試される。彼らが従うならば、天国に行くが、従わないならば、地獄に落ちる。このことはサヒーヒ・ハディースに書かれている。
マジュム・ファターワ・ワ・マカーラ・ィ・サマーハト・アルシェイク・アルアラマー・アブドルアジーズ・イブン・バーズ(彼にアッラーのご慈悲を)、 vol. 8, p. 341