Thu 3 Shw 1435 - 31 July 2014
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国際司法裁判所の仲裁
問題を国際司法裁判所に持ち込む場合の決まり


アッラーに讃えあれ。 クルアーンとスンナのサヒーヒが明らかにするところ、ムスリムは、個人、社会、政府、国際のあらゆるレベルで、自分たちの間で生じた紛争や論争をアッラーの法に照らし合わせ、アッラーに委ね、アッラーの法を受け入れなければならない。これについての明確な証拠はクルアーンの節である。(意味の解釈): 「だがあなたがたの主にかけて、彼らは信仰を持つことができない。彼等の間の紛争についてあなた(ムハンマド)の裁定を仰ぎ、あなたの判決したことに、かれら自身不満を感じず、心から納得して信服するまでは。」 [婦人章(アン・ニサーア) 4:65] 「かれらが求めるのは、無明(時代)の裁判であるのか。だが信心堅固な者にとって、アッラーに優る裁判者があろうか。」 [食卓章(アル・マーイダ) 5:50] 「あなたがた信仰する者よ。アッラーに従いなさい。また使徒(ムハンマド)とあなたがた(ムスリム)の中の権能を持つ者に従え。あなたがたは何事についても異論があれば、アッラーと終末の日を信じるならば、アッラーと使徒に委ねなさい。これは最も良いもっとも妥当な最終決定である。」 [婦人章(アン・ニサーア) 4:59] 「何事によらず、あなたがたに異論があった時、その決定をするのはアッラーである(彼は支配する判事である)」 [相談章(アッ・シューラー) 42:10] 他にも同じような多くのアヤ(節)がある。 これらの節から分かるように、ムスリムにとって人間が創った法律や、シャリアに反する部族の習慣に照らし合わせることは許されない。 この問題に関して、ムスリム諸国の指導者に対する 私の誠実なアドバイス(彼等の間で多くの紛争が発生しており、今も続いている)は、アッラーの法に参照することである。財産、権利、政治的な境界などムスリム国家の間の紛争を解決するには、アッラーの法に委ねることが唯一の方法である。これは知識、理解力、公正さ、敬虔さのあらゆる観点から認められるシャリアの学者で構成され、紛争の解決を検討する委員会またはシャリア法廷が、イスラームのシャリアの規定に従って、判決を出す。そのうち一部の者が、国際司法裁判所や類似の非イスラーム組織に照会して判決を出したことは、アッラーの法以外の法律に照らし合わせたものとして見なされるため、ムスリムの間のトラブルをこれらの法律によって裁定したり、これらの法理を適用することは認められない。これは避けるべきであり、アッラーを畏怖し、アッラーの法律に反する者に対してアッラーが警告する処罰に注意を払うべきである。アッラー曰く(意味の解釈): 「だが誰でも、わが訓戒に背を向けるもの(このクルアーンを信じず、その教えに背いた行動を取るもの)は、生活が苦しくなり、また審判の日には盲目で甦らせるであろう。 かれは言う。「主よ、私は(以前)晴眼者であったのに、なぜ私を盲目者として甦らせたのですか。」 (アッラーは)仰せられる。「このように、われの印(証拠、証言、節、教訓、印、啓示等)があなたに下った時、あなたはそれを無視したではないか(それらを放置し、深く考えず、背き去った)。今日あなたは(煉獄でアッラーの慈悲を受けずに)無視される。」 [ター・ハー章 20:124-126] 「(ムハンマドよ)アッラーに下されたものによって、かれらの間を裁き、かれらの私欲に従ってはならない。アッラーが、あなたに下されるどの部分についても惑わされないように、かれらに用心しなさい。かれらがもし背き去るならば、それはアッラーがかれらの犯した罪の一部を、懲らしめられるとお考えになっておられると知れ。本当に人々の多くはファアーシクーン(アッラーの掟に背いて反抗する)である。 かれらが求めるものは、無明(時代)の裁判であるのか。だが信仰堅固なものにとって、アッラーに優る裁判者があろうか。[食卓章(アル・マーイダ) 5:49-50] 同じ意味を指摘しているアヤは多くあるが、アッラーと使徒に従うことが、現世での幸せと来世での祝福へいたる道である。アッラーの使徒に背を向け、アッラーの啓示と掟に反すると、現世での困窮と来世での責め苦が待っている。我々全てを真実に導き、我々の信仰を強め、物事を正し、世俗的・宗教的な事柄にとって凡て良いことを行えるようにアッラーに祈願する。我々がアッラーと使徒の判断に沿ったことを行えるように祈願する。アッラーこそが、最も慈愛あまねく、慈悲深い。 預言者ムハンマド、かれの一族と教友にアッラーの御加護を。
マジュムー・ファタワー・ワ・マカーラト・ムタナワウィア・リサマーハト・アルシェイク・アルアーマ・アブドル・アジーズ・ビンマーズ( かれにアッラーのご慈悲を) p.5