Wed 8 DhQ 1435 - 3 September 2014
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タウヒードの誤った解釈と、人が食物の必要から解放されるという誤った主張
ラーイラーハ・イッララー。私のシェイクはカリマの意味について、ラーは「誰もできない」、イラーハは「必要を満たす」、イッララーは「アッラーの外に」と説明しました。しかし多くの人々が本当の意味は「アッラーの外に崇拝する価値のあるものはない」と言います。私は自分のシェイクを強く信じてきました。かれはまず私たちには生きる必要があると説明しました。それがアッラーのためでないならば、この必要を他に誰が満たしてくれるのでしょう。 かれは,もし人がラーイラーハ・イッララーと信じて生きていけるならば、スフィであると言います。今日では多くの人々がスフィーズムに反対しています。あなたの意見を教えてください。


アッラー曰く(意味の解釈): 「人々よ、あなたがたはアッラーに求める以外すべのない者である。アッラーこそは、富裕にして(何も必要としない)賛美すべき方である。」[創造者章(ファーティル) 35:15] このアヤは、人間のあらゆる事柄、まさにその存在と存続のために、人々は主を必要としており、主こそが人々に恩恵をもたらし、邪悪から人々を守ってくださる。そのすべてを与えてくださるのはアッラーだけである。アッラー曰く(意味の解釈): 「アッラーこそは、あなたがたを創り、扶養され、次いで死なせ、(復活の日に)更に甦らせる方である。」 [ビザンチン章(アッ・ローム) 30:40] 「あなたがたに与えられるどんな恩恵も善きことも、アッラーからである。」[蜜蜂章(アン・ナフル) 16:53] アッラーはそのしもべに何も求めない。凡ての主権と賛美はアッラーのものである。かれのしもべはかれに恩恵を与えたり、危害を加えることはできない。凡ての人間が信じたとしても、アッラーの主権が増えるわけでもなく、凡ての人間がアッラーを信じなくとも、アッラーの主権が全く損なわれることもない。かれこそは全宇宙の主であり、始りと終わりの主である。かれこそが真の神であり、かれの外に崇拝に値するものはいない。かれの外に崇められるものは、虚偽である。ラーイラーハ・イッララーは、アッラーの外に崇拝されるべきものはないという意味である。これこそが正しい意味である。アッラー以外に創造者はいないとか、アッラー以外にすべての必要を満たしてくれるものはいないという意味ではない。真の神こそがあらゆるものの創造者であり、どんなことでもできるため、これらはその本来の意味の中に含まれている。このシェイクはラーイラーハ・イッララーの意味が『アッラーの外に必要を満たしてくれるものはいない』であると言った際に、本来の意味に含まれるということならば正しいが、本来の意味であるというならば、誤りである。この言葉の意味そのものがシェイクの言った通りならば、預言者(かれに平安とアッラーのご加護を)が初期のムシュリキーンに、「ラーイラーハ・イッララーといえば、お前達は繁栄するであろう」と言った時に、なぜ彼らは言うのを拒否したのだろうか。かれらはアッラーの外に創造者はいないことを確信しており、アッラーの外に崇拝すべきものはなく、かれの外に崇拝されるものは虚偽であるというこの言葉の意味を理解していた。そのためムシュリキーンが崇拝する神々は虚偽であることを意味している。アッラー曰く(意味の解釈) : 「それはアッラーこそが真理であられるためである。かれを差し置いて、あなたがたの祈るのはアル・バーティル(虚偽、サターン、その他あらゆる偽りの神)である。本当にアッラーこそは、至高にして至大であられる。」 [ルクマーン章 31:30] ムシュリキーンはこの言葉の意味を知っており、かれらの神々が虚偽であることを意味すると分かっていたため、彼らはこの言葉を唱えることを拒否し、自分たちの神々を守り通すことをお互いに薦めあったのである。アッラー曰く(意味の解釈): 「不信心者は言う。『これ(預言者ムハンマド)は魔術師です。嘘つきです。 彼はアアリハー(多くの神)を一つのイラー(アッラー:唯一神)にしてしまうのですか。これは全く、驚きといったころです。』 そしてかれらの長老たちは立ち去りながら、(その場にいた仲間に言う。)『行きなさい。そしてあなたがたのアアリハー(神々)を守り通しなさい。これは(あなたがたに対する)全くの企みです。』」 [サード章 38:4] ラーイラーハ・イッララーの意味について、シェイクが言ったことと異なることを多くの人々が言っているが、それは正しいことが分かったであろう。 あなたのシェイクの言った「我々はアッラーが必要である」が、アッラーだけが我々に生命を与える唯一のものであるという意味ならば、それは正しい。しかしそれは、ラーイラーハ・イッララーの意味そのものではない。上記で説明したように、本来の意味は、アッラーの外に崇拝されるべきものはないという意味である。真の神こそが崇拝に値する唯一の神であり、かれこそが生と死を司り、かれこそがアッラーである。かれに讃えあれ。 あなたのシェイクが「もし人はラーイラーハ・イッララーと信じて生きていけるならば・・・・・多くの人々がスフィーズムに反対している」と言ったそうですが、人間は常に飲食せずに生きていけるという意味ならば、それは誤った考え方である。たとえ預言者でさえ、人間は食料や飲物なしに生きていける者はいない。スフィはズィクルを唱えることによって、飲食せずに生きていけると彼が主張するならば、誤りである。シェイクの中でそのような主張をする者がいるならば、その人間は嘘つきである。このようなシェイクにだまされていけない。彼は無知か詐欺師である。この種の人間や同類の者に気をつけなければならない。アッラーがあなたを導き、助けられんことを願う。
シェイク・アブダル・ラハマーン・アルバラーク