Sat 4 DhQ 1435 - 30 August 2014
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預言者(かれに平安とアッラーのご加護を)はミラージュの夜に主に接見したのですか。
預言者ムハンマド(かれに平安とアッラーのご加護を)は天国,地獄などを見た日に全能のアッラーを直接見たのですか。もし本当ならば,クルアーンとハディースの確証を示してください。


アッラーに讃えあれ。 大半のサハーバは、ミラージュの夜、預言者(かれに平安とアッラーのご加護を)は自分の目でアッラーを見ていないという見解を持っていた。 アイシャ(アッラーが彼女を好まれんことを)の言葉が伝えられている。「ムハンマド (かれに平安とアッラーのご加護を)が主を見たと言う者は嘘つきである。彼はどんな姿も彼をとらえなかったと申された。」 [参考:家畜章6:103]…” (アル・ブハリの伝承、アッタウヒード 6832). アブ・ダールの言葉が伝えられている。「わたしがアッラーの使徒 (かれに平安とアッラーのご加護を)に『主を見られたのですか。』と尋ねると,彼は『主は光に覆われている。とても見ることなどできない』と答えられた。」 (ムスリムの伝承、アル・イマーン 261). イブン・アッバースの言葉が伝えられている。「(預言者の)心は彼が見たことを偽らない。実際に彼は再度の降下で主を見た。」 [星章 53:11-12] (この意味は)彼は心の中で主を2回見たのである。 (ムスリムの伝承、アル・イマーン 258). イブン・アル・カイユームのよると, 「ウサイマーン・イブン・サイード・アルダアリーミはかれの著アルルーヤの中で,預言者 (かれに平安とアッラーのご加護を) はミラージュの夜に主を見なかったとする合意がサハーバの間にあったことを書いている。一部の者はイブン・アッバースを除外し,かれがそういった人々の一人ではなかったと述べている。我々のシェイクによると、これは事実に反しているのではない。なぜなら,イブン・アッバースはかれが実際に目で見たと言っていない。アハマドはイブン・アッバースの伝承で、主を見たが実際に目で見たのではないと言ったのを伝えている。アハマドの言葉はイブン・アッバースの言葉(アッラーが二人を好まれんことを)と同じである。我々のシェイクがアブ・ダールのハディースの意味について述べたことが正しいと示しているのは、他のハディースでかれが主のベールは光であると言った事実である。アブ・ダール(アッラーがかれを好まれんことを)のハディースで伝えている『わたしは光を見た』と言われたときの光が何を意味するかは、アッラーがご存知である。」 イジュティマー・アル・ジュユーシュ・アルイスラミーヤ、 第1巻 p. 12 シェイク・アルイスラーム(かれにアッラーのご慈悲を)は述べている。「アッラーを見たことについての章:イブン・アッバースのアル・サヒーヒによって証明されていることは、イブン・アッバースは『ムハンマドが主を心の中で2回見た』と述べたが,アイシャは彼が主を見たことは否定している。一部の人々はこの二つの伝承を一致させるため,アイシャは彼が実際に目で見たことを否定しており,イブン・アッバースは彼が心の中で見たことを確信しているとしている。イブン・アバースの伝承で一部の見解では,どのように見たかを説明していない。また他の見解では,心で見たことを示している。彼は時にはムハンマドが主を見たと言い,また別の機会ではムハンマドはかれを見たと言う。ムハンマドが目で見たと明言したイブン・アッバースの言葉はない。同じように,イマーム・アハマドも時には彼が実際に見たと言い,時には心で見たと伝えている。だれもアハマドが実際の眼で見たと言うのも聞いたことがない。しかし一部の教友はどのように見たかを述べていない彼の言葉を聞いており、その言葉から,実際の目で見たと解釈している。しかし,彼が主を自分の目で見たことを証明する証拠はない。またサハーバの誰一人伝えていない。クルアーンやスンナの中には、そのことを示す箇所はなく,むしろ彼が実際に主を見ていないことを示すサヒーヒの伝承がより決定的である。サヒーヒ・ムスリムの中で,アブ・ダールの言葉が伝えられている。「アッラーの使徒 (かれに平安とアッラーのご加護を)に、『主を見られたのですか』と尋ねると,『主は光で覆われていた。とても見ることなどできない』と答えられた。」 アッラー曰く(意味の解釈): 「かれ(アッラー)に栄光あれ [すべての上に、かれを配する] そのしもべ(ムハンマド)を(メッカの)アルマスジド・アルハラームから、われが周囲を祝福した至遠の(エルサレムの)アルマスジド・アルアクサに,夜間,旅させた。わが種々のアヤ(証拠,確証,教え,印など)をかれ(ムハンマド)に示すためである。 [夜の旅章 17:1] もし、かれが自分の目で見たならば,そう言ったはずである。同じことが次の言葉に当てはまる。「(ミラージュの間に)かれ(ムハンマド)の見たことについて、あなたがたはかれと論争するのか。」 [星章 53:12 – 意味の解釈]. かれが実際に見たならば、そう言ったはずである。 サヒーヒの伝承やこのウンマのサラーフ(最初の世代)の統一見解では,この世では誰もアッラーを目で見ることはできないことが明らかにされているが、例外として我々の預言者ムハンマドだけが見たと一部の人々が主張している。しかし信者たちは(この世で)太陽や月を目で見るように,復活の日にはアッラーを見ることができるという点では合意している。 アッラーがすべてご存知である。
マジュムー・アルファターワ、第6巻 p. 509-510.