Wed 28 DhH 1435 - 22 October 2014
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イスラームを不変の事柄と変化するものに分けることができる
イスラームを不変の事柄と変化するものに分けることができますか。


アッラーに讃えあれ。 アッラーに讃えあれ。そしてアッラーの使徒,彼の一族と教友、信者たちに恩恵と平安あれ。 最近、イスラームを不変の事柄と変化するものに分けることができると、人々が言い出している。しかしわたしたちの知るかぎりでは,このような言い回しは学者の間で使われたことがない。アッラーの宗教はすべて不変である。アッラーの使徒(かれに平安とアッラーのご加護を)は、アッラーが彼を通じてその宗教を完成し、裁定を確立するまで死ななかった。そのためアッラーが地球と地上の者すべてを受け継ぐまで、それを部分的に改めたり,変えることはできない。預言者(かれに平安とアッラーのご加護を)の後、誰も部分的に改めたり,変える権威を持っていない。アッラー曰く(意味の解釈): 「今日,われはあなたがたのために、あなたがたの宗教を完成し,あなたがたに対するわれの恩恵を全うし,あなたがたの教えとしてイスラームを選んだのである。」 [食卓章 5:3] その宗教は、特権と完全な裁定と共に確立され,預言者(かれに平安とアッラーのご加護を) の死後は,部分的に改めたり,何かを追加・除去することはできない。 「虚偽は、前からも後ろからも近づくことはできない。これは,英明で賛美すべき方(アッラー)からの啓示である。」 [フッシィラ章 41:42 – 意味の解釈] 知識を求める人々の舌先から言い損なった言葉にすぎない不変のものと変化するものは、自分たちの望みや欲望に合わない決定を変えようとする者の気まぐれや欲望に任せる者によって悪用されている。アッラーはこのことについて述べている(意味の解釈): 「もし真理がかれらの欲張りに相応しいものなら,天地とその間のものは退廃してしまったであろう。」 [信者章 23:71] 一部の学生が言うこれらの言葉を何らかの正しい方法で解釈するならば,それについて文書に記述されていないことに関する学者のイジュティハードを意味する。ムジュタヒードの意見は,自分の手元にある証拠や状況に応じて、時代によって異なるからである。ウマル(アッラーが彼を好まれんことを)は、相続に関することで彼のイジュティハードが異なった時,次のように言った。「あの時は、あれが我々の決定であったが、今はこれが我々の決定である。」ムジュタヒードのイジュティハードは個人の意見に過ぎないので、アッラーの裁定であるとは言えない。むしろアッラーの裁定と一致するかもしれないが、それに反する場合もある。アッラーの使徒(かれに平安とアッラーのご加護を)以外の者の意見は、認められるかもしれないが却下されることもある。ムジュタヒードの意見は、不変の事柄と変化するものに分けることはできない。それが明白な証拠に反していることが証明されれば、いつでも変えられるからである。しかしアッラーの裁定とアッラーの宗教は変えたり,一部を変更することはできない。そのため知識を求める者は自分の言葉に気をつけて、気まぐれや欲望に任せたり誤った主張を広めようとするものたちに可能性を与えることを言ってはならない。知識を求める人々は学者の言葉で話しているため、かれらが言うことは宗教の問題に関する証拠と見なされえない。アッラーが我々すべてに知識をお与えくださり,正しい行いをするように助けられんことを。アッラーが預言者ムハンマドと彼の一族と教友に恩寵を与えられんことを。
シェイク・サーレヒ・イブン・ファウザーン・アルファウザーン:上級学者委員会およびファトワ発行常任委員会 のメンバー。