Thu 17 Jm2 1435 - 17 April 2014
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クフルとその種類
質問番号12811には、イスラームの枠を越える重大なクフルにはいろいろな種類があると書いてありました。このことを説明して,例を挙げてください。


アッラーに讃えあれ。 クフルの実体とその種類は大きなテーマであるが,以下の点に要約している。 1 – クフルの実体とその形態を知ることの重要性: クルアーンとスンナは、アッラー以外に神はないと証言することで示される二つの条件を満たさないかぎり,信仰は無効であり,受け入れられないことを示している。この二つの条件とは,アッラーにのみ服従し(タウヒード)、あらゆる種類のクフルやシルクを公然と非難し,遠ざけることである。 人はそれが何であるかを知らないかぎり、公然と非難して遠ざけることはできない。タウヒードの意味を知ることの重要性を理解し,それにしたがって行動し、タウヒードを達成することができる。クフルとシルクがどういうものであるかを知ることによって,それらを回避することができる。 2 – クフルの定義: クフルはアラビア語で何かを覆ったり隠す意味である。 シャリアの用語では,「アッラーとその使徒を信じないこと」であるが、この信仰を拒否する場合,拒否はしないが疑いを持つ場合,嫉妬や傲慢さゆえに信仰から背いてしまう場合,メッセージに従わせようとしない気まぐれや欲望に従う場合などである。クフルとは、アッラーがわれわれに信じるように命じる知らせが自分の所に届いた後に,それを拒絶する者すべての特徴である。その際,口に出さずに心の中で拒絶する場合,行動も心の中も拒絶する場合,心の中では思っていなくとも拒絶の言葉を口に出す場合,それをどちらもする場合,信仰の領域を超えさせてしまう行動をとることがすべて当てはまる。シェイク・アルイスラーム・イブン・タイミーヤのマジュムー・アルファターワ12/335 、イブン・ハザムのアル・イフカーム・フィ・ウスール・アラカーム1/45を参照。 イブン・ハザムは著書アル・ファスルの中で「正当な証拠があること、そしてそれを信じることが信仰に不可欠であることを拒絶することは、クフルである。口に出すことがクフルになることをあえて言うことは、クフルである。クフルであると証明されていることをするのは,クフルである。” 3 – イスラームの枠を逸脱させる重大なクフルの種類 学者はクフルを多くのカテゴリーに分類し、シルクの形態や種類を挙げている。その内容が以下に示される。 -1- 拒否と拒絶のクフル。このクフルは心の中で信じないという場合がある。これはイブン・アル・カイユーム(かれにアッラーの御慈悲を)が述べるように,クッファールの間では稀である。また外見では明らかな拒絶の形をとっている場合がある。真実を隠し、対外的にそれに服従しないが、真実を認識し、内面的には分かっている。ユダヤ人がムハンマド(かれに平安とアッラーのご加護を)を拒絶した例がこれにあたる。アッラーはかれらに仰せられた(意味の解釈): 「彼らが認めていたものが実際に下ると、彼らはそれを信じない」[雌牛章 2:89] かれは仰せられた (意味の解釈): 「彼らが認めていたものが実際に下ると,彼らはそれを信じない。」 [雌牛章 2:146] これは真実を知っているにもかかわらず、それを拒絶した場合にのみ起こるからである。アッラーは使徒(かれに平安とアッラーのご加護を)に対するクッファールの不信は. 本当の意味での不信ではないと言われた。かれらは表面上信じていないと口に出して言うが,心の中ではその真実を認めていた。 アッラー曰く (意味の解釈): 「彼らが拒否するのはあなたではない。ザーリムーン(多神教徒と不義者)たちはアッラーの印(クルアーン)を否定しているだけである。」 [家畜章 6:33] 「彼らは心の中ではそれを認めながら,不義と傲慢さからそれら(それらの印)を否認した。」 [蟻章 27:14] これは禁じられたことを認めるクフルにも同じことが言える。イスラームが禁じていることを知っていながら,それを許す者は使徒 (かれに平安とアッラーのご加護を) と彼がもたらしたことを信じないことである。これはイスラームが許していると分かっていることを禁じる者にも同じことが言える。 -2- 傲慢ゆえに拒否するクフル。イブリースのクフルがこれに当たる。アッラー曰く: 「… イブリース(サタン)だけは拒否したので、高慢で不信の徒(アッラーへの不服従)となった。」 [雌牛章 2:34 – 意味の解釈] アッラー曰く(意味の解釈): 「かれら(偽信者)は『わたし達はアッラーと使徒(ムハンマド)を信じ,服従する』と言う。だが、その後かれらの一部は背き去った。これらの者は信者ではない。」” [御光章 24:47] アッラーは信仰に従って行動しない者は言葉で信じていると言っても、不信心者であると言われた。背信のクフルは真実を無視し,それを学ぼうとしない。また言葉,行動,信仰であれ,真実に従って行動しない。アッラー曰く(意味の解釈): 「だが信仰しない者は,かれらに警告されたものから背き去る。」[砂丘章 46:3] 使徒がもたらしたことを言葉で背く者は、「わたしは彼に従わない」と言うものと同じである。行動によって背く者は彼がもたらした真実を聞くことを避け、聞こえないように指で耳を閉ざす者、また聞こえているが心を閉ざしそれを信じようとせず,行動しない者と同じである。背信のクフルの意味で信じていない。 -3- 偽善のクフル。人々に見せるために表向きは従っているが,心の中で信じておらず、行動しない場合である。これはイブン・サルールやムナフィクーン(偽善者)のクフルであり、アッラーはかれらについて、次のように申された(意味の解釈): また人々の中、「わたしたちはアッラーを信じ,最後の(審判の)日を信じる」と言う者がある。だが実際にはかれらは信じていない。 彼らはアッラーと信仰するものたちを欺いている(と思っている)が、自分を欺いているに過ぎないのだが,彼らは(それに)気づかない。 かれらの心には(疑惑と偽信の)病が宿っている。それはアッラーが重くなされた。かれらは偽り続けたため,手痛い懲罰がかれらに与えられる。 「あなたがたは地上を退廃させてはならない」と言われると,「われわれは平和の推進者に過ぎない」と言う。’ いや,本当にかれらこそが,退廃を引き起こす者であるが,彼らはそれに気付かない。 「人々(ムハンマドの信者,アル・アンサール、アル・ムハジルーン)が信じるように信仰しなさい。」とかれら(偽信者)に言われると,「わたしたちは愚か者が信仰するように,信じられようか。」と言う。本当にかれらこそが愚か者である。だがかれらは,分からない。 かれらは信仰する者に会えば,「わたしたちは信仰する」と言う。だがかれらは仲間のシャイターン(悪魔、多神教徒、偽信者)たちだけになると、「本当はあなたがたと一緒なのだ。只愚弄しているに過ぎない。」と言う。 アッラーはかれらを愚弄し,かれらを不信心のままに放置し,当てもなく彷徨わせる。 これらの者は導きの代わりに,迷いを購ったもので、かれらの取引に利益はなく,また彼らは決して正しく導かれなかった。 かれらを譬えれば火を灯す者のようで、せっかく火が彼の周りを照らしたのに、アッラーがかれらの光を取り上げられ,暗闇の中に取り残されたので,何一つ見ることができない。 聾唖で盲人なので,かれらは(正しい道に)引き返すこともできない。 また譬えば暗闇の中で雷鳴と稲妻を伴う豪雨が天から降ってきたようなものである。落雷の恐さから死を恐れて,耳に指を差し込む。だがアッラーは不信心者たちを全部取り囲む(アッラーはかれらを全員一緒に集める) 稲妻はほとんどかれらの視覚を奪わんばかりである。閃く度にその中で歩みを進めるが,暗闇になれば立ち止まる。もしアッラーがお望みならば,かれらの聴覚も視覚も必ず取り上げられる。本当に、アッラーは凡てのことに全能であられる。 [雌牛章 2:8-20] -4- 疑心のクフル。真実に従うことを躊躇し,真実かどうかについて確信が持てない。使徒がもたらしたことがなんの疑いもなく真実であることを信じること(ヤキーン)が要求される。彼がもたらしたことを真実でないかもしれないと思う者はすべて、疑心のクフルという意味で、信じていない。アッラー曰く(意味の解釈): そしてかれは(高慢と不信心の)邪な状態で、自分の園に入った。彼は言った。「わたしはこれが、何時かは荒廃するとは思いません。 また(審判の)時が来るとは思いません。またたとえ(復活の日に)わたしの主に戻されても、きっとこれよりも良い所を見出すでしょう。」’ かれの友は,彼と話している間に言った。「あなたは信じないのですか。塵からあなた(先祖アダム)を創り、次にヌトファ(男女の体液の一精滴)から、あなたを人間に形作られた御方を。 わたしにとって,かれこそはアッラー,わたしの主であり(ことを信じ)、何ものをも,わたしの主に配してはなりません。」 [洞窟章 18:35-38] 以上から要約すると,イマーン・信心の反対であるクフルとは、アッラー,その御印、アッラーの使徒(かれに平安とアッラーのご加護を)を嫌うような感情の形態をとり,心を支える愛や信仰に矛盾する。クフルはアッラーを侮辱するなど、言葉で表現したり、また偶像礼拝やアッラー以外のものにお供えをするなど、行動で示されることがある。信仰は心,言動,行動の形をとるように,クフルも同じように,心,言動,行動の形を取る。われわれはアッラーに,いろいろな形のクフルからわれわれを守り,信仰を強め,お導きを与え,またわれわれが他の人を導くことができるように祈願する。アーミーン。アッラーは最もよくご存知である。 アーラーム・アル・スンナ・アル・マンシューラ(177)、シェイク・アブダルアジーズ・ラティーフのナワキーダル・イーマン・アルカウリーヤ・ワル。アマリーヤ(36-46)、 シェイク・アブダッラー・アルカラニのダワアビタル・タクフィール(183, 196)を参照。
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